新聞配達

医師をめざす新聞奨学生

高校は文系でした。
国立大学を受験したのですが、
まんまと落ちて浪人することに。

 

最初は宅浪も考えたのですが、
両親の実家があり、自分の出生地でもある
隣町の静岡県浜松市の予備校に通いました。

 

予備校での授業は楽しく
成績もかなりあがったのですが
調子に乗って受験校のレベルをあげたら
またもや受験に失敗し二浪目に突入。

 

流石にもうこれ以上は
親に負担をかけたくなかったので、
実家を出ようと思いました。

 

自力で予備校に通うために
新聞配達をしながら通学できる
新聞奨学生に申し込み、
上京することになりました。

 

東京で新聞奨学生として二浪目を始めて
数カ月たった頃。

 

突如、本当にこのままで良いのだろうか?
何か違う気がする…と
自分の進路に違和感を感じ始めました。

 

それまで文系だったのですが、
そもそも文系を選んだのも
なんとなく古代史が好きだったこと以外は
数学の出来がかなり悪くて
自分は理系向きではないと思ったことや、
3歳違いの兄と小中高も部活も同じで、
兄の後をトレースしているのがなんとなく嫌で、
理系の兄とは違う方を選んだという、
あまりポジティブではない動機からでした。

 

自分は何のために生まれてきたのか?
そもそも生きている意味ってなんだろう?
一日中そんな自問自答を繰り返す日々でした。

 

そして自分なりに辿り着いた答えが、
人は喜びを感じるために生きているのだろう、
ということでした。

 

そこで、自分が喜びを覚えるのは
いつどんな条件だろうと
突き詰めて考えてみると、
困っている誰かをサポートできた時、
格別の喜びを感じることに気付きました。

 

そこでふと思いました。
医師になりたい、と。

 

自分は元々丈夫で健康体でしたが、
私の母は身体が弱く良く寝込んでいました。

 

そんな母に何もできないのが悔しくて、
少なくとも自分の周りにいる人には
苦痛から解放されて
笑顔で自分の好きなことをしててほしい、
そのサポートを行うために
自分は医師になりたい、と思ったのです。

 

そこで急遽、理系に転じ
医学部を目指して勉強を始めました。

 

しかし、高校でも学んでいない科目もあり
半年で間に合うはずもなく…

 

まんまと撃沈し、
三浪目に突入することになりました。

 

しかし今にして思えば、
浪人し新聞奨学生を始めたこと、
そして医学部を目指して三浪したことが
その後の人生の方向性を決定する
非常に重要な要素でした。

 

このうち一つでも欠けたら、
僕の人生は全く別物になっていたはずです。
本当に、人生には無駄なものはない、
そう思います。

 

医療過誤による祖父の死