California State University, Chioc

留学、自主退学、帰国そして入学

留学機関での準備を終え、
遂に渡米することになりました。

 

留学先はカリフォルニア州の
California State University of Chico
(CSUC)という州立大学で、
専攻はMedical Microbiology
(医療微生物学)でした。

 

どうせ学ぶなら
オステオパシーを補完できるもの、
そう考えての選択でした。

 


休学の期間も含めて約4年の留学期間中に
様々な出来事がありましたが、
敢えてここでは省略します。

 

振り返ってみると、
魂が病んでいく様子がよくわかるので、
自己症例として別枠で記載します。

 

月日は流れ、
2003年の夏休みの終り頃。
留学生活に終止符を打つ、
ある出来事が起こりました。

 

次の学期に受講する講義を
電話の自動音声システムを使って登録し、
学費は総合窓口で払うという手続きを
学期が始まる前に行う必要がありました。

 

この秋学期が終了すれば、
いよいよ州立大学を卒業!の予定でした。

 

しかし…
受講する講義の登録を電話で行ってみると、
どうしても登録できない講義がありました。

 

登録できなかった講義は、
2年に1回しか開講されないけれど
卒業には絶対に必要な講義でした。

 

講義には、毎学期必ず開講されるものと、
1年あるいは2年に1回しか開講されない
レアな講義があり、
しかもレア講義を受けるためには
事前に別の講義を受けておく必要があり、
必然的に受講の順番が決まってしまうのです。

 

そんな制度があったため、
最終学期まで受けられなかった講義が、
登録しようとしたら、できない…
一体どうなってる?

 

総合窓口に行き事情を説明したところ、
受付のお姉さんが
ひどく同情した表情で説明してくれました。

 

その講義は開講が延期になり、
次の開講はいつになるかわからない…と。

 

その2年前の9.11以降、
教育費が大幅に削減された関係で
開講が延期された講義があり、
その中のひとつだという説明でした。

 

頭の中が真っ白になりました。
2年に1回しかない講義がなくなったら、
次の開講は一体いつになるんだ…?

 

とりあえず受講できる分の学費を払い、
そして新学期が始まりました。

 

しかし…徐々に怒りがこみあげてきました。
なぜこのタイミングで?
あともう少しで卒業なのに!

 

卒業が延期されるということは、
オステオパシーが遠ざかるということ。
もう散々待ってきたのに、
これ以上もう待てるかっ!!

 

そしてもうひとつ、卒業が遅れるということは、
シェアハウスから出られないということ。
これも非常に大きなストレスでした。

 

当時シェアハウスに住んでいましたが、
ルームメイトたちの奇行がひどすぎて
今思えばソウルがボロボロでした。

 

今まで喧嘩などしたことない自分が
ルームメイトの胸ぐらを掴んで
殴る直前までいった時、確信しました。
このままだと間違いなく暴力沙汰になる…

 

もう少しでここから抜け出せる!
それだけを心の支えに頑張ってきたのに…

 

正直、心が折れました。

 

もう無理だ!そう思った時、
日本のオステオパシー専門学院である
Japan College of Osotepathy(JCO)
のことを唐突に思い出しました。

 

渡米する前からその存在は知っていて、
一度資料も取り寄せていました。
でも、アメリカで学ぶ気満々だったので
選択肢の中から完全に消えていたのです。

 

捨てずにとっておいた資料をひっぱりだし、
インターネットで調べてみると、
手元に残っていた6年前の資料の内容より
ずっと良くなっている様子でした。

 

その時、9月の第一週で
すでに大学の秋学期は始まっていましたが、
9/23にJCOの入学試験があるとのこと。

 

このタイミング…今しかない!
今まで抑圧していた想いが止まらなくなり、
絶対にこの入学試験に間に合わせる!
と、一気に気持ちが固まりました。

 

すぐに大学の総合窓口に行き
全ての講座をキャンセルし、
(できると思っていませんでしたが)
払い込んだ授業料を全て回収し、
そのまま休学届を提出しました。

 

そしてその日のうちに
飛行機のチケットを予約し、
苦労して購入したバイクを売り払い、
部屋の荷物を全て処分し、
一昨年前の夏休みに居候させてもらった
都内の友人に電話して、
「明後日そっちに行くから」とだけ言って
一方的に押しかけました。

 

宣言通りその二日後に友人宅を訪れ、
事情を説明し、とりあえず入学試験まで
また居候させてもらうことに。

 

入学試験までの間は
物件を探しつつ試験勉強。
やっと少し落ち着いたので実家への報告。

 

親にしてみれば、
後少しなんだから我慢して
卒業だけでもすれば良かったのに、
と思っただろうと思います。

 

でも、そういうことは一切言わず、
自分の選択を尊重してくれたことが
本当にありがたかったです。

 

無事試験もパスし、
23期生としてJCOへの入学が決まりました。

 

オステオパシーを知ってから、
ここに辿り着くまでに
既に6年の歳月が流れていました。

 

一体どれだけ
時間とお金と労力を無駄にしたか…

 

こんなことなら、
最初からJCOに行っていれば…
幾度となく思いました。

 

しかし、人生に無駄なことなんてないと、
後から知ることになります。

 

実際、あの6年があったからこそ、
今の自分があるのは間違いありません。

 

いのちの輝きを読んで即行動した自分に、
そして迷わず帰国を選択し、
行動できた自分に感謝してます。

 

>> 念願のオステオパシー…?